未彩色の不思議と色彩復元
レオナルドの遺産⑧
レオナルドには、下絵がほぼ完成していながら、なぜか未彩色で放置された作品が二点ある。≪聖ヒエロニムス≫と≪東方三博士(マギ)の礼拝≫である。
どちらも不思議な作品だが、まず≪東方三博士の礼拝≫の表面には下絵用カルトンから転写する際にできるスポルヴェロ孔のあとがなく、これほどの大画面でもカルトンを用いず、板に直接下絵を描き始めたものと思われる。鉛白と黒(ランプブラック)と褐色(オーカー)による下絵が入念に描かれていて、その濃さは一般的に画家が彩色前におこなう下絵の範疇を超えている。すでにこの段階で手の指と掌で表面をこすったらしき跡があり、<ジネヴラ・デ・ベンチ>と同じく、レオナルドがスフマート的な技法を用い始めていることをうかがわせる。
ニスが黄変し、また後世塗られた褐色絵具のため、従来はかなり薄暗くなっていた。2011年から始められた修復によって後世の加筆部分が除去され、2017年3月にあらたな姿で公開された。微細な線がより明瞭となり、以前は見えなかった象などの姿が現われた一方で、やたらと明るくなって荘厳さが失われたとの批判もある。前景において聖母子などの人物像を除く部分は、おそらくレオナルド自身によって濃い茶褐色と黒で色付けされており、その他の部分の明るさと強い対比をなしている。レオナルドによる個性的な制作過程がよくわかる一例である。
1481年7月に注文主の修道院との契約が締結されたが、その支払い方法は妙だ。レオナルドには現金ではなく土地が与えられ、それを自分で売却して現金化するか、もしくは3年後に修道院が買い取る。土地を売るのは簡単ではないので、案の条、レオナルドはたちまち日々の回転資金に困り、顔料を買うための代金や薪、ワインなどを前借りした記録が残っている。制作が中断された主たる理由もおそらくここにある。
一方、もう一枚の≪聖ヒエロニムス≫には一切の文書記録がないが、その独特の下絵描法は明らかにレオナルドのものだ。足に刺さった棘を抜いてやったために聖人に付き従ったという伝説により、同聖人の絵には必ずライオンが描かれるが、ヨーロッパにもともといない動物をこれほど正確に描けたのは、メディチ家が作っていたとされる私的な動物園のおかげだろう。
≪聖ヒエロニムス≫の右奥の教会はフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会をモデルにしており、≪東方三博士の礼拝≫の背景の階段は明らかにサン・ミニアート・アル・モンテ教会を参考にしている。色彩のヴァーチャル復元にあたっては、こうした実際の建築物の他に、リッピによる代替作品や同時代の同主題の作品群、そして岩場や草木、人物などについては他のレオナルド作品に基づいて復元した。
参考図:フィリッピーノ・リッピによる代替≪東方三博士の礼拝≫