≪ジネヴラ・デ・ベンチ≫切断部分の復元
レオナルドの遺産⑦
本プロジェクトでは≪ジネヴラ・デ・ベンチ≫の切断部分の復元に挑戦した。表面と裏面とも復元する必要があるが、表面に関しては、本プロジェクトが目指すような彩色復元画にまでは至らないものの、所蔵機関であるワシントンのナショナル・ギャラリーのチームによって、「こうではないか」というイメージ画は提起されたことがある。監修者もその担当者から直接話を聞いたことがあるが、復元のための根拠となったのは次の二点である。
A)同じモデルを彫ったと考えられる、師ヴェロッキオによる大理石彫刻≪花束をもつ婦人≫のポーズ(参考図1)。
B)ジネヴラの手のデッサンと考えられる、ウィンザー紙葉のポーズ。
本プロジェクトでも、多少の修正は加えたが、基本的には同様の考えに基づいて表面の復元をおこなった。
一方、裏面の復元は世界で初めての試みとなった。
まず、現状絵画の裏面には銘文の入った帯があるが、そこには「VIRTUTEM FORMA DECORAT(美は徳を飾る)」と書かれていて、モデルをつとめたジネヴラの美貌と人徳をたたえている。ところが、赤外線撮影写真によると、そこにはもともと「VIRTUS ET HONOR(徳と名誉)」と拙い文字で下書きされていたことが明らかとなった。
このモットーをインプレーザ(標章)としていた人物がいる。ベルナルド・ベンボという、当時フィレンツェに赴任していたヴェネツィア大使である。そしてジネヴラとベルナルドのどちらも結婚相手がいるが、ちょうどダンテにとってのベアトリーチェのように、当時一級の文化人でもあったベルナルドにとって、ジネヴラが芸術の霊感を与えるミューズ的存在だったことが、当時の詩にも詠われている。おまけに、インプレーザには中央のジネプロ(杜松)こそ無いが、月桂樹と棕櫚はジネヴラ肖像画の裏面とピタリ一致する(参考図2)。
おそらくは彼が肖像画の注文主だったのだろう。そこで本プロジェクトでは、ベルナルドのインプレーザをもとに、裏面の復元をおこなった。
また、ジネヴラは下部だけでなく画面右端(裏面では左端)の側面にも切断痕がある。そのため、裏面の中央に描かれた杜松の枝が、画面のちょうど真ん中に来るものと考えて、裏面左端を延長した(表面右端もそれに応じて延長した)。
参考図1: アンドレア・デル・ヴェロッキオ、≪花束をもつ婦人≫、フィレンツェ、バルジェッロ美術館
参考図2: ベルナルド・ベンボのインプレーザ